つぶやき。 一覧

トロトロと歩いていると、いつも悩む事がある。
なんでもいいんだけどね。
なんでもないことなんだけどね。
なにか行動をおこすときに、なにか動くときに、
ふとね、それは自分のためなのか、相手のためなのか、
悩む事がある。

自分の行動がさ、
一見、素適に見える、一見、いい人そうに見える、
その行動がさ、本当は誰のためなのか。
心のどっかで、いや、頭のどっかで計算しててさ、
どうしたら自分をよく見せられるか。
周りから見てね。どんな風に映るのかってのをさ、
大なり小なり考えていっつも行動してる気がする。

その悩みがね、ずっと考えてたのがね、
けど、最近、ちょっとづつ、ちょっとだけ、晴れた気がする。

わかんない時は、人を幸せにできるほうを選ぼう。と。

幸せにするとか、
またでかいこと言っちゃってるけどさ、
でも、アリガトウ。とか、トイレ行きたい。
って一言だって、
人を幸せにする力があると思うのよ。
だから、わかんなくなっちゃうときは、
その人が喜んでくれるほうを選んでいければいいと。

でも、きっと、
それで何かを失うときもあると思う。
そしたら、
かっこつけて、ばかなこと考えた僕を恨もう。

今日はテーブルマウンテンに登ったぞ。
てか、うちの学校に日本人がきた。
つよし君っていう一個下の男の子。
やたー。ついに日本人を手に入れたー。
日本のジオスに通ってたらしい。
うはうは。

てことで、こないだの続きが思い浮かんだ。

子どもー。
自分に素直で、自分に嘘つかず、
何に臆することなく、ただ貪欲に、ただ真っ直ぐに、
何かに向かい、すべてに学ぶ。
目を見開いて、そらさずに、
けど、前も後ろも周りも見ずに、
ただ、ただ走り続けるような。
んで、転んだら、全身使って泣いて、
泣き疲れたらそのまま眠って、何も考えずに眠って。
そんで、おきたらもう笑顔で、また歩き出すような。

そんな子どもになりたいです。

いや、てか韓国人の飲みははげしいな。
3人でビール25缶開けてた。
あな恐ろしや。

さて。日記の更新を怠っていると、
一部の心のあるかないかわからない人達からお叱りを受けているので更新です。

昨日は日本領事館の人の家に遊びに行きました。
久々の日本人の集まりです。
聞くところによると、ケープ周辺で、日本人留学生は
在留届けを出してるだけで10人ちかくいるらしい。
把握してないのも含めると20人くらいらしい。
どうりで、会わないわけね。
韓国人とアンゴラ人なんてうちの学校だけで、
それ以上いるのにさ。
ということで、そこで話をしていくうちに、
やっぱ柔らかいってことは大切だなと思った。

ぜんぜん関係ないけどさ、
たぶん僕はずっと子どもでいたいんだと思うのさ。
うまくまだまとまらないんだけど、
何かに固執して、しがみついてる人、
のくせ、夢とか見れない人、あっても追えない人、
だから、昔を思い出してる人、
けれども、青臭いこと言えない人、
そうやって、文句だけは山積みの人、
だけど、すべてをわかったようなふりしてる人、
けっきょく、心が機能しない人、
そうして、今を生きれない人。
そういう大人にはなりたくないと。

って自分で書いてて、全部自分にあてはまるなあと。
ばっちりあてはまってるなあと。

ということで、それを崩すべく、
僕はうがうが子どもじみた真似をいつまでも
し続けてるんだなあと。

なんでも吸収してけるような、
いつも目が光ってるような、
貪欲で無邪気な子どもであり続けたいものです。

ぽろろん。

ひさびさに日記を更新。
あんま書く気がしなかった。

最近、とっても気分が落ちる事が多い。
そういうのを一人で自分で片付けなくては。
って思ったりもしつつ、べこべこしてるけど、
でも、それでも逆に周りから凹まされることが多い。

凹んでるけど、それを人に見せまいとして、
でも、どっかでわかってほしいような、
助けて欲しいようなオーラを出してるつもりでも、
でも、誰からも気づいてもらえなかったりする。

みんな、自分のことでいっぱいいっぱいな時だから、
だからしょうがないのかなあ。

でもさ、自分だったら、気づいてあげられるのに。
自分だったら、できること、何でもしてあげるのに。
友達に対してはそう思ってきたつもりが、
相手はそうではないらしい。

いやまて、今、僕もいっぱいいっぱいで、
かまってほしくて、たすけてほしくて、
よくよく考えてみたら求めてばっかりです。
人の話を聞く余裕を自分も持っていないのね。

まあ、そんな僕の気持ちをわかってか、
わからずか、普段は会わないけれども、
こんなときこそ遊びに誘ってくれる人達もいて、
そういう人たちと無意味に遊んでる事が、
僕を癒してくれてたりして、
とにかくそんな感じなり。

一人で生きていくって難しいのね。
自分でしっかり歩いてる人ってすごくかっこいいのに。
まだまだまだまだ、
僕はそんなステキでかっこいい人にはなれないようです。

ああ。出発まであと一週間というのに、
まったく準備してない。。。こんなんでいいのだろか。
東三でインターナショナルカードつくったくらいだな。
ううむ。

おいどんさ、留学することにしたよ。
っつっても私費の語学留学だけど。

自分の中で決心つけるまで誰にも言わないことに
したので、イマサラながらの報告だけどさ。
イマサラといえば、イマサラ語学留学って。。。
ってのもあるんだけどね。
でも、ナリタイものがあるのです。絶対無理だけど。
けど、ナリタイものに向かってる自分が好きなのです。
つねに、そうありたいのです。
就活なんてやってない今のうちだからこそ、
理想とか夢とか追えちゃう今だからこそ、
前向きにありたいのです。

今まで留学なんて絶対嫌いでした。
日本で努力しない奴が海外に行ったからって、
やるわけないし、仮にそうできたところでさ、
それって自分の努力ではない気がするから。
で、今時、英語話せませんってありえないから、
自分でちょっとずつやろうと思って、
図書館行ったりしてたけど、やっぱ三日坊主。
やっぱ根性ないし、今まで勉強らしい勉強なんて、
いちどもしたことない。

で、気づけば3年生。
就活まであとちょっと。
自分のやる気がでるの待つなんて悠長なことも
言ってられなくなったの。
だから、留学することにしたの。
すごく"逃げ"なんだけどね。
自分で努力することから、
また逃れてしまって嫌なんだけどね。
いたしかたない。

行き先は、南アフリカ共和国にしました。
別にアフリカといっても
みんな、裸で踊ってるわけじゃないです。
ケープタウンはリゾート地らしいです。
言語もむかし、イギリスの植民地だったから、
なまったブリティッシュイングリッシュです。

とにかくお金がないので、代理店にも申し込みません。
とりあえず手元にタイ行きのチケットはあるので、
バンコクでヨハネスブルク行きのチケット買います。
そんで現地に行ってから英語学校とかステイ先とか
探すことになりそうです。
だから、準備とかも何したらいいかわかりません。
誰か、教えてください。

とにかく、今、自分にできること、
最善の努力をしたいのです。
22歳になって、やっぱ保守的になっちゃったから。
でも常に、何歳になっても、そうありたいから。
ま、日本で努力しろよって話なんだけどね。。。

とりあえずご報告まで。
出発は5月21日か28日くらいになりそうです。
半年を予定してます。

最後に、黙ってた皆様、申し訳なかったです。
親にだけは一ヶ月前くらいに了解とっといたんですが。
そんな感じで。

あと、大学の皆様、
単位取得のため、ご協力お願いいたします。

ざぶーん。

世の中には、こんな僕でも認めてくれる人がいる。

友達や恋人や家族がそうだったりする。

その人たちが、
僕のこと好きでいてくれればくれるほど、
僕のこと認めてくれればくれるほど、
僕は今の自分に満足してしまって、
こんな自分に満足してしまって、
それはそれは嬉しいことなのに、
でも、ますます甘くなってしまう。

けど、僕には僕しか知らない自分もあるんだと思う。
だからこそ、僕の大事な人たちには、
きちんと僕のことわかって欲しかったりする。

いや、最近そう思えるようになった。

だから、親しい人には、
その人が僕のこと認めてくれればくれるほど、
その人が僕にとって大事な人であればあるほど、
ちゃんと僕のこと伝えたい。
その上で判断して欲しい。

と思って、ずっとついてた嘘を白状した。
結局、相手を傷つけてしまった。

そのことをずっと引きずっているけど、
もしかしたら、
僕は大事な人を失ってしまったのかもしれないけど、
僕は大切なものを失ってしまったのかもしれないけど、
僕は取り返しのつかない事してしまったのかもだけど、
だけど、こうするのがいちばんよかったんだと思う。

ウソで塗り固めた自分も、
人を傷つけることした自分も、
許してくれるかもしれないと、
その優しさに甘えてしまった自分も、
取り返しのつかないことした自分も、
全部、僕の一部だから。

許してくれなくていいと思う。
そしたらきっと僕は、また甘え続けてしまうから。

あー。最悪。
ゴールデンウィークはひきこもってよう。

新たな計画。

にゃーん。

いや、日記で言ってるほど凹んでもないし、
自信を持ってなくもないのよ。

ただ愚痴ってるだけだから、気にしないでください。
でも、連絡してくれた人はありがとうでした。

で、昨日いいこと話し合った。
その人いわく、どうやら僕のココロは飽和状態らしい。
もういっぱいいっぱいで、何に出会っても溶けないの。
けど、飽和状態の水溶液は、熱すればもっと溶けて、
いっぱいいっぱい吸収できちゃうのよね。

だからなに?って思わずに。。。
こういう話もたぶん大事なことなのよ。

ってことで、ただいま新たな計画を練り練りしてます。

んー地道な努力がいまだできていないので、
どうしようか迷い中なのだけれども、
とりあえず、動くことも大事かなと。

自分のやりたいように生きること。これ大事。
でも、そのための努力もせずに、
人に迷惑かけてばっかじゃ、ただのワガママ。
境界はどこぞにあるのやら。

んー。後悔せずに生きることと、
自分のチカラで生きることを両立させるには、
どうしたらいいのでしょうか。

あー。今日は久々にへこんだ。

嫌なことから逃れて楽なほう楽なほうを
選んでばかりきて、結局いまの位置に立ってる。

全部、自分のせいなんだけど、
それを結局、試験に落ちたとか、お金がないとか、
運が悪かったとか、すべて人のせいにしたがる。
そんでいまの位置に立ってる。

あきらめざるをえないこと。
そんなのひとつもないのに、
でも可能性をひとつずつ自分で丁寧に潰してきて、
そしたらいまの位置に立ってた。

そして今日、もうひとつ。
あきらめないといけないことが発覚。
それも今までの自分のせいなんだけど、
でもやっぱ、だからこそやっぱ、へこむ。べっこりと。

あー。こういうことが必要なのかなあ。
この先もきっと、ずっと、
たぶん社会人になったらもっといっぱい、
あきらめないといけないことがでてくるんだろうし、
そういうことに慣れていかないといけないんだろか。

そいで、これからもずっと、
探してたもの、目指してたとことかに目をつぶってさ、
いまの自分のいる位置で、その置かれた状況と
うまく向き合ってかないといけないのかしら。

あー。つまんないひと。

やらなきゃいけないことが、たくさんある。
やりたいことも、たくさんある。

でもやんない。やれない。
なんででしょ。根性ないし、面倒くさがりだから。

今まで、やりたいこと全部してきたかというと、
そうじゃない。
羞恥心や猜疑心ばかりが先ばしって、
手を出せないこともいっぱいあった。

だからといって、
コツコツ勉強とか我慢してバイトとか、
あんましたことない。しなきゃいけないのに、
根性がない。
目の前にある虚構の幸福がいつも優先。

いや、そもそもやらなきゃいけないことなんて、
ひとつもないのかも。
これまでやってきたことも、
これからやるであろうことも、
全部自分のためにしてきたことだけ。
良くも悪くも自分で選んできたものだけ。
人に言われてしたことや、
人のためにしてきたことなんて、
これっぽっちもないと思う。

勉強だろうがバイトだろうが、
遊びだろうが恋愛だろうが、
全部、自分自身のため。

見返りをもとめ、対価をもとめ、
楽しみ、苦しみ、手抜きをし、
それは全部、自分自身のため。

だから、僕がやるべきことや、
いやいややってきたことはすべて、
自分で選んでしたことだけ。
自分のためにしてきたことだけ。

なのに、なんでできないのでしょ。

行動にうつすこと。
やりたいことすること。
したくないこともすること。
すっごく難しい命題。

前にどっかで聞いた言葉。
できないのに、しようとする人。
できるのに、しない人。

平均的日本人である僕が、できないことはなにもない。

にもかかわらず、この目の前に広がる自由を、
これまで、どれだけ謳歌してきたんだろ。
これから、どれだけ行使できるんだろ。


関係ないけど、どうしてもタバコはやめられないな。

写真。

せっかくがんばってつくったので、
ホームページ更新のお知らせをしてみたら、
貴重な時間を使って見てくれた人たちからの
感想メールがいくつか届いてる。

旅で出会った友達からのメールも多いんだけど、
そんなかで写真について書かれてるのも結構ある。
なかでも、写真科に通ってた人から褒められたのは
素直にとっても嬉しかった。

写真は撮る人の心を映すという。
イイモノを狙って撮るってよりも、
純粋な気持ちで撮る事ができるから、
子供たちの純粋な笑顔が捉えられると。
確かに、写真を撮ることだけを目的に近づけば、
子供たちは笑顔を見せてくれないことが多い。

けど、僕がキレイな気持ちだけで写真を撮ってる
ってのは、ウソな気がする。

イイモノを撮ってやる。
っていう卑しい気持ちがどっかにあるのも本当。

いや、
そもそもカメラなんてまともにやったことないし、
なんのこだわりがあるわけでもない。
でも、ちょっと写真について考えてみる。

出来上がった写真が、
自分で見たものよりも妙に陳腐に見えたりして、
こんなもんだったっけ?
って、写真として残したことを後悔することもある。
だから写真を撮らない人もいる。

でも、僕は写真を撮る。
写真は音楽とおんなじで、情景だけじゃなくて、
匂いとか音とか、空気とか気持ちとか、五感全部で
感じたものを、感覚的に呼び起こしてくれる。
日常生活で、ココロのどっかにおいやってしまった
記憶を解く「鍵」になる。

僕は、自分の記憶とかそういうあやふやなもの、
だけに頼れるほど強くはない人間なので、
写真として残すことを好む。

だから、なんか嬉しいこととか、すごいこと、
感じたら、写真は撮るようにしてる。

でも、撮らないこともある。
正確には撮れないんだと思う。
ポタラ宮の内部とか、チベットの古い寺院とか、
あるいは、家を出たとき見上げた空とか。

あの質感、荘厳さ、静けさ、匂い、あたたかさ、
はりつめた空気、果てしないほどの奥深さ、
そういったものを一枚の写真に収める自信はない。

だから、撮らないんだと思う。撮れないんだと思う。

そこまで考えるとひとつわかった。
僕はたぶん、本当にココロに響いたものは、
写真に残してはいないんだろうなと。
残せてはいないんだろうなと。

アルバムのページ見てて思った。
その写真と写真の行間にあるもの、それこそが
僕の本当に撮りたかったものなのかなって。

とりあえず、そんな感じです。
今はうまく言えないけど、来週にでも、
再会したときに、もう少し、煮詰めてこーよ。

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