できごと。 一覧

レソト4日目。

星を見ながら眠ろうと、
ベットを窓側へ移動して寝たのが失敗。
朝起きたらちょっと風邪気味。
クスリを飲んでパッキング。
早めに終えると、昨日約束したレフィーレが来た。
2人で山登り。
途中、いくつかの岩に矢印がペイントされてるだけ。

かなりの勾配の山を上ること30分。
遂に恐竜の足跡発見!!!!
って書いてはみたものの、
大きな岩に直径30cmくらいの
鶏の足跡みたいなやつがあるだけ。
なんで恐竜の足跡ってわかったのか。
そしてなんで岩に彫られてるのか。今も謎は解けず。

恐竜って言われても
僕の右脳ごときではイメージすらわかないので、
ロッジに戻るが、
迎えの車を待つが来る様子もないので2人で歩く。
バックパックは重いけど、
集落の間を結ぶ道をてくてく歩くのは楽しい。
子供はどこでも一緒だし。ロバも人も優しい。天気いい。
通りがかりの教会では結婚式をしていた。

郵便局で手紙を出す。
メインロードへ出てモツォカ行きのミニバスを待つが、
満員なのでノンストップ。
レフィーレとヒッチハイクで行くことに。
この国では観光客は珍しいのか、
すぐに一台の車が止まった。
荷台に乗せてもらう。
モツォカまでは20分くらいで着いた。
この国はヒッチは無料らしい。
ここからマレアレアまではミニバスで1時間くらいらしい。
例のごとく満員にならないと発車しないんだけど、
レフィーレが乗っけてくれたミニバスは
すぐに満員になった。
レフィーレともお別れ。
ソト語教えてくれてありがとね。
またいつか来ます。本当にありがとうね。


マレアレア。

マセルから2時間。小さな谷あいの村。
空は抜けるように青く、なだらかな丘陵が続き、
そこにぽつりぽつりと民家がある。
谷あいにあるこの村の入り口には、
小さなレリーフを見つけることができる。
Gateway of Paradiseと刻まれている。

南アを出国するのにレソトを選んだ理由は、
「歩き方」にあった、この文に魅せられてのことだった。

パラダイスって。
ウハウハできちゃうのかと思って来たのが間違いだった。

レソトという国名は「ソト族の国」と言う意味で、
小国で資源も乏しいにも関わらず、
国王を中心にソト族の主権を守り続けてきた国、
別名「天空の王国:The kingdom in the sky」
だったはず。
なのに、なんだこの白人天国は。

レソトに入って以来、
僕は黒人と少数のチャイニーズとしか会わなかった。
なのに、
ここ、マレアレアロッジは白人家族が経営してる。
レソトに入って以来、
観光開発の遅れにただ驚くばかりだった。
なのに、
ここは、そこらにある日本のバンガローなんぞより施設が整ってる。
レソトに入って以来、
他のツーリストとは会ったことがなかった。
なのに、ここには白人が車を乗りつけやってくる。
その横で雇われ黒人達が
昼間からアフリカンミュージックを垂れ流してる。
トレッキング用のポニーの世話も彼らがする。
夜にはアフリカンダンスのショーが
野外ステージで行われるらしい。

なんだこの白人天国は。
と辟易しつつ、僕もここに客の一人としているの。
することもないので手紙書いたり、日記書いたり。
と思ってたら、
今着いたばかりの車から在留邦人ぽい4人組が降りてきた。
夕食はさすがに寂しかったので、
彼らに加わらせてもらったら、
レソトに唯一(唯四)住んでる日本の方々だった。
アナン事務総長の会社で働いてるらしい。

「今度、任地が変わるから最後のお別れ旅行」
だったのに、お邪魔させてもらっちゃった。

夕食後に5人で星を見る。
草の上で寝っころがって星を見る。
ふとんをかけて、「チキチキ流れ星何個見れるか大会」。
結局眠ったのは12時過ぎだった。

レソト3日目。

レソト入りして三日目。
今日こそはマセルを出ようと思い、地図と格闘。

モリジャという街にレソト唯一の博物館があるらしい。
マセルからミニバスで一時間くらい。

なんかね。
昨日のハマテラもそうだけど、ミニバスターミナル。
人であふれてる。
なんだかこのレソトって国は
アジアな匂いがする気がするんだよね。たまに。
でもその喧騒とか猥雑さが、
妙に心地よいのは、レソトの魅力なのかな。

よくわからんがレソトミュージックがバッキバキの
ミニバスを降りて博物館へ案内してもらう。
公民館の展示室みたいな感じ。
六畳一部屋にいろんなモノあるけど、
まあ、とりあえずここも日本語訳がないために
理解に苦しむ。
誰に見てもらいたいんだよ。

ただ、ここの博物館で宿を手配してもらえるという
「歩き方」情報はウソではなかった。
モリジャ唯一の宿泊施設らしいから
手配もなにもないけど。

とりあえず、オーナーはマセルにいるらしく、
鍵が届くのをひたすらに待つ。
こういう無駄に暇な時間を与えられるのが嬉しい。
することもないので博物館の裏庭で手紙とか書いた。

レフィーレと名乗る男の子一人現る。
外国人がこの街にきたというのを嗅ぎつけてきたらしい。
とりあえず、
いい人っぽいので恐竜の足跡ガイドをしてもらうことに。

そんなこんなで今、一人、暖炉の世話をしているところ。

1時間以上博物館で待たされ、
連れて行かれたこのロッジは、
新しくて、でも茅葺で、山小屋風で、
村を見下ろす高台にある。
レソトにこんな素適なロッジがあるとは。
でも客は僕一人。
てか従業員も誰もいないので別荘みたいな感じ。
10部屋くらいあって、
リビングもダイニングも僕独り占め。
だからこそ怖い。
レソト入って一人もツーリストと会ってないし。

ということで火の世話をする。
火を絶やしたらお化けでそうだもん。

そういえば友達に手紙書いてて思ったけども、
旅って何にも得るモノがなくてもいいと思った。
韓国で陽ちゃんが言ってくれてたけど、
いま、やっと自分でも実感できる。
留学とか、勉強とかと違って、
結果として確たるものが残らない旅。
思い出しか残らない。
それについて悩んだ覚えもある。

生まれてから死ぬまで、
常に「何かをするのは何かのため。」だと思う。
「何か」をするには常に「理由」が必要で、
無意識に「結果」を求めてるんだと思う。
つまりは受験やら就活やら出世やら。

幸せを先送りして計算高く生きてくなかで、
何も得るモノがない旅をする。
なんにも得るモノない。
(って言ったらウソになるけど。)
だからこそ、
お金と時間を消費するだけの「旅」をする理由ってのは、
つまりは、
ただ、旅に出たいから。新しいモノみたいから。
ってことなのかなと。

言い換えれば、
「今、したいことをしてる」ってことだと思う。
僕なんかは休み中ちょこっとどっかに
行く事しかできないけれども、
バックパッカーズで会う人たちも、本当に今、
自分のやりたいことやってる人たちなんだろうなあと。

旅に限らないけど、やっぱ自分のしたい事できてる人、
しようとしてる人。はかっこいいなと。
そう思うわけです。
賛否両論ありますが。

そんなことを考えつつ、
一人、暖炉にまきをくべたり、手紙書いたり。
外で星を見たりして、
かなりでかい声で歌をうたってたら
いきなり後ろに人影が。
警備の人らしい。
こんな客もいないような山小屋ロッジに
警備の人がくるとは。

外の小屋で一晩中、番をしてくれるらしい。
電気も自家発電に頼ってるこのロッジで、
セキュリティーだけはしっかりしてるのが
逆に怖かったりしつつ。

今日はおしまい。

レソト2日目。

今日はマレアレアに行こうと
寝る前に決定していたにも関わらず、
朝起きたら気分がのらなかったので、
ブッシュマンの壁画を見に行くことに。

ブッシュマン(コイサン族:人類最古の種族)
は今でこそ、カラハリ砂漠に住んでるらしいのだけれど、
ボーア人とかの侵略の前には南ア全土にいたらしい。
ロマって街の北方に何千年か前の、
ハバロアナの壁画というのがあるらしい。
頼みの綱の「歩き方」もそれくらいしか教えてくれず。

北方ってどこだよ。と思いつつ、
ミニバスでは行けなそうなのでレンタカーを借りる。
久々のMT車。てか車の運転自体すんごい久々。
そのうえ人がバラバラと渡ってくるので
最初は緊張したけど、徐々に爽快。
とりあえずロマを目指す。途中、検問に遭う。
ネパールの二の舞はご免。持っててよかった国際免許。
「日本人か。なんの仕事してるのだ。」
「いや旅行なのだよ。」
「ウソつけ。日本人は仕事しかしないだろ。
旅行なんか行くわけない。」
最後まで信じてくれなかったけど、
その警官の案内とB&Bのパパの地図どおり進むと、
ロマには1時間弱で着いた。
町だと思ってたロマは、商店がいくつか並ぶ通りだった。

まずは英語の話せる、しかも観光に精通してる、
暇な人探し。
ということで、近くのロッジを探し当てる。
泊まろうかどうしようか迷うふりして、
壁画情報ゲット。近くの村までの地図まで書いてくれた。

そこから近くの村、ハマテラを目指す。
距離にしてたぶん30kmくらい。
でも時間的には1時間以上。
なぜならその地図には
縮尺という概念が欠落していたから。

迷いに迷ったハマテラは
未舗装の悪路を抜けた先にあった集落だった。
てか、歩き方。。。
ロマと壁画はまったく関係ないじゃん。

その集落からさらに道を行く。
聞く人によって言うことが違う。
で、結局日も暮れかかったとき、
ようやく細い枝道の終わりに
ビジターセンターなるものを発見。

しかし、すでに廃墟と化し、屋根もなし。
そこからは、集まってきた現地の子供を
ガイドにして徒歩で目指す。
草を掻き分け獣道を行く。20分くらいかな。
橋を渡った向こう側にやっとこさ発見。
途中でなんどあきらめようと思ったことか。
ついに来たのね。

明らかに今朝、壁画でも見てみようかなって
思いついたときとは意気込み違ったね。
半日、看板とか案内図とかまったくない中で
探し続けた後は。

渓流沿い。日本みたいに緑豊か。
崖がねちょっとだけ、せり出したようなところ。
「サバイバー」で寝床に使うようなところ。
そんなところにあった壁画。

牛と人。あと馬みたいなの。

なんか、ずっと探しつづけたモノが見つかったからかな、
それとも、ずっと変わらないモノもあるのね
っていうことがわかったからかな。
とにかくね、安心できるような、
ほっとできるような空気があった。

ブッシュマンは気の遠くなるほど昔に、
今もほとんど変わらないだろうと思われるこの場所で、
何を思い野山を駆け巡ってたのか。

僕にそんなことわかるわけでもないし、
そんなことに思いをはせてたわけでもないけども、
ちっちゃい頃だったら、
秘密基地に絶対選んでるだろうな。ここは。
って思った瞬間、なんか急に嬉しくなったね。
僕もそれほど昔の人と変わらないのかな。って。

帰りは1時間とちょっとで無事帰宅できました。
もう道忘れたので、二度と行けないだろうけど。

レソトだ。

 

ケープから15時間。
途中で故障したバスは
2時間以上遅れてブルームフォンテンに到着。
インターケープの二階建てのバスなのに。。。
朝8時30分。
少し怖いけどミニバスのターミナルまで歩くことにする。

途中で吸い終わったタバコを捨てたら、
それ欲しがる人がいた。
それがマーボーだった。
ネットカフェを案内してくれるというので
ついていくことに。
マーボーは青いラメ入りハットに赤いスカーフまいた
お洒落物乞い。
ケープに11年間いて、
その間7年間は刑務所にいたんだって。
ハウスミュージックとダンスが好きなんだって。
途中の資材置き場で空き瓶を拾って、
女のボディーラインに似てるんだって言ってた。
結局、
インターネットとインターケープを間違えてたマーボー。
なので諦めて
国境行きのミニバスのとこまで案内してくれた。

最後にバスにまで乗せてくれて、
「他のヤツの言うことは聞いちゃだめだぞ。
悪いやつがいっぱいいるから。
発車するまでバスの中で待ってるんだよ。
お願いだから、マイフレンド。」
って言ってくれた。
マーボーこそ楽しくやってね。
あんまり抗争とかに巻き込まれないでね。

で、ミニバス(ワゴン車を改造した乗りあいタクシー)。
って16人も乗れるんだ。。。かなり凹む。
山手線よりもある意味きつい。
身動きとれないとか、そういう問題でなく、
血が止まるかと思った。
満員にならないと発車しないので、何十分も待った。

それから2時間。なんとかバスは国境へ。
陸路での国境超えはたった2回目だけど、
やっぱりこっちのほうが面白い。

とりあえず国境を越えたら、
そこはもうレソト王国の首都、マセル。
びっくりしたー。
どの国も首都だけは発展してるはずなのに、
マセルときたら、横須賀の街よりもしょぼくれてる。
ネットが使えないことに辟易しつつ、
とりあえずインフォメーションで宿を探す。

ミニバスに乗るのも面倒なので歩く。
ひたすら歩く。歩く。
で、やっと見つけたのは民家の軒先。
ゲストハウスっていう名前なのにB&Bじゃん。
でも夕食は一緒に頂けることに。
人の良いオーナーのこと。名前書きたいのに忘れた。
人の名前を覚えよう。
これからどうしようか。地図と
にらめっこするが妙案うかばず。。。

ミニバス。

毎朝僕は学校にミニバスで通ってる。
ミニバスってのは、
ワゴン車を15人くらい乗れるように改造したおんぼろバス。
ちゃんと路線があって、でも人が集まらないと発車しない。
アパルトヘイト時代は黒人だけの乗り物だったらしいけど、
最近は一部の白人とカラードも乗るようになってる。
車中でも強盗には遭うのでさすがに日没後は使えないけど、
どこ行くにも結構便利。

パキ系のカラードはイスラミックな音楽を、
黒人の運転手ならアフリカンなブラックミュージック。
バスによってBGMが違うのだけど、
今朝、学校行く時、かっこいい音楽が聴けたので、
運転手に誰の曲かと聞いて見たら、
30ランドで売ってくれることに。
こりゃ即買いでしょ。ってことでCDを手にした僕。
さっき先生に聞いたら、
高くも安くもない適性価格だったらしい。
やばいいい買い物した。
ってことで、いまちょっと気分いいのです。
はやく帰って聴くのだー。

ストイック。

ということで昨日の続きを。

その夜、寝る前にふと気がついた。
バックパックがないことを。あ。ない。ない。
バックパックがなーいー。
コート盗られるだけならまだしも。
バックパックがないと日本に帰れないー。
ショック。
結局、保険を使わないと。。。めんどくさい。

けど、人に言わせると僕はラッキーボーイだそうな。
犯人が銃とかナイフとか持ってなかったこと。
声をかけたら逃げてくれたこと。
PCとかデジカメは助かったこと。
そして、警察がきてくれたこと。

韓国人は、なんで警察がくるのに90分もかかるんだ
って怒ってたけど、来てくれただけましだな。
知り合いが3日前に車盗まれてまだ警察こないし。

ってことで、強盗に入られたことよりも、
それに誰も驚かないことにびっくりしました。
よく行くお寿司屋さんの大将も、
「あー入られると気持ち悪いよね。」って
一言で、あとはお味噌汁をサービスしてくれた
だけだった。うーショック。

ってことで僕は未だに勉強してませぬ。。
昨日も友達の家で食べて飲んで、ウハウハだった。。
こんなんじゃだめー。

日本を出て、環境も変えて、それにも慣れて。
今度は僕自身が変わる番のようです。

でも問題は山積みに。
最近の僕は、肝心なとこでストイックになるようで、
このままだと大事なモノも失いそうです。

おとといあたり、とうとうやられてしまった。。。

ぐはー。
今僕はクレッグっていうサウスアフリカンと
フラットをシェアしてるんだけどね、
おととい家に帰ったらね、ドアの前のね、
鉄格子がね、グニャリって曲がっててね、
ドアがね、少し開いててね、電気はついてなくてね、
でも、誰か中にいてね、「クレッグ?」って
呼びかけても返事してくれなくてね。

やっと初めて、強盗が中にいるんだなってわかってね。

たまたま友達と一緒だったから、
外でしばし様子を伺ってたのね、そしたら隣の人が
窓から逃げてったよって教えてくれてね。

中にはいってみたらね、やっぱりあらされてたのさ。

こっちくるからには
2,3回は襲われると思ってたけど、
家は予想してなかったな。やっぱびっくり。

結局、僕のコートとクレッグのジャケット、
CDプレイヤーが拉致られた。。。
ラップトップとデジカメ達は床に散乱したまま。
あとちょっと帰るの遅かったらやられてた。

てか、その夜、クレッグは普通に出かけていって、
僕ひとり。。「同じ家に2回はこないよ」って
言ってくれたけど、ジョバグでは日本人旅行者、
5分間で2回襲われてるし。。。
ってことで、鉄格子もない普通のドアだけで、
僕は一人で寝ることに。。。
あーショック。
鉄格子ないって、まさに標的じゃん。。。

クレッグの残してくれた弾のない銃を右手に、
料理用のナイフを左手に、
風でドアが鳴るたびに、家の中を見回りにいく
僕なのでした。。

いや、久々に丸裸にされた気分です。
自分のふがいなさを実感した夜でした。

ねむし。

なんだか毎日眠いのう。

なぜだか、ホームステイなどするはめになり。
でも、韓国人の友達ができたので、
その友達と、毎日遊んで帰るので、なぜだか、
ホストファミリーとあんま話したことない。
ほかにも韓国人と日本人がいるらしいんだけど、
それもあんまわかんない。
たぶん、みんないい人と見た。

ちゃんと勉強しなきゃだめだなってことはわかった。
けど、やっぱ、今まで勉強なんてしたことも
ない人が急にはできないんだな。きっと。

ってことで、孤独感もなく、
ホームシックにもかからず、
なぜだか満喫してしまってる僕。
そういった意味ではあんま来た意味ない気がする。

もっとまじめに勉強しなければ。

ってか、すごくうれしいことに、
ホームステイ先に移り住んだおかげで、
パンツが洗濯できた。してもらった。
日本から一度も洗濯しなかったのに。
ってか、さほど気にもかけなかったから、
初めて履き替えたトランクス。
およそ2週間くらいだろうか。
僕の洗われていくトランクスに愛しさすら
覚えました。
やっぱりキレイが一番です。

手紙。

あはーん。This is りゅーすけ。
Now I'm in Kuara Lumpur in Malaysia.
このホテルは五つ星。この部屋には僕ひとり。
タオルはたくさん。
アメニティーGoodsも盛りだくさん。
ガラス張りのシャワールームで
Take シャワーした僕は、
純白のバスローブに身を包み、
煙草の煙をくゆらしながら、
イングリッシュティーを片手に、こうして手紙を
書いているわけです。

つまり、上の文を要約すると、
バンコク発ケープタウン行きのチケットを
購入したはいいけど、
クアラルンプールでトランジットするはずだった、
マレーシア航空の便が、
乗ろうと思ったらDelayって書いてあって、
それはつまり、最新鋭の電子辞書によると、
遅延って意味で、
つまり1:05am発→7:05am発になったわけで、
つまり、海外初体験となる、
エレベーターやら自動ドアがあるホテルの
無料宿泊券が当選したようなもので、
その幸せをみんなに享受すべく、自慢すべく、
手紙を書いてるわけなので、
あまり意味はありません。

ではでは、りゅーすけでした。

ねむし。

たぶん、今までで一番、準備不しゅうとうだと思われる。
連日の度重なるお別れ会、まじでみんなありがとでした。

おかげさまで、当日の朝2時の時点で、スーツケースはからっぽ。
そっから始めて、準備が整ったのは出発の一時間前でした。

適当なパッキングのおかげで、成田で重量がひっかかって、
「でも、僕自身は体重軽いんですよ。」ってなことを言ってたら、
お姉さんがおまけしてくれて、追徴料金が一万円以上ういた!!!

でね、それぞれ愛のこもったプレゼントありがとー。
けっこう、こっちに持ってきてます。
メールやら手紙やら電報やら。
まじで一週間くらいで帰ったら怒られそうね。

そんな感じで、今はバンコクのカオサンにいます。
夜中なのにあいかわらずな、賑わいを見せてます。

家族との(あとアリもね。)涙の別れ(僕は泣いてない)から、8時間。
久々の孤独は今考えると結構、楽しかったんじゃないかってくらいに、思考が働いちゃった。
マニラ経由のエジプト航空と同じように、上がったり下がったり、進んだり、戻ったり。

まあ、お礼はみんなにちゃんとします。気持ちだけ。。。
で、久々にゆっくり眠れそうなので、明日はおきたら
チケット探しに行きます。
で、はやければ明後日にでも飛んでしまおうという計画。

心配無用。てきとーにがんばって、てきとーに力ぬいて、
ちゃんと、しっかり帰ってきます。

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