そして僕はいまカオサンから離れ、
たつじんの家にお世話になっております。
たつじんとは、もっちゃんつながりでバンコクで最初に出会い。
かつ大学の同じ学部のイッコ上の先輩のはずだが、
キャンパスで会ったことはなし。
『またバンコクに行くよー。』って言ったときから、
『うち泊まりなよ。』って言ってくれるよなオープンそしてカインドな方。
しかもバンコクに着いた途端、
『必要でしょ?』って滞在用の携帯まで貸してくれる始末。
卒業してからバンコクに住み着き、
商売しながら自分の居場所つくってきた人。
いまは、なぜかHR系のコンサルにてサラリーマン体験中。(写真参照)

なんだろな。
男女問わず、人を愛してる人。
そして、だからまず、自分を愛してる人。
ちゃんと自分を持ってるから、信じてるからこそ、
自分に対して懐疑的、そして厳しくあり続けられるのだと思う。
とはいえ。
遊びも本気。
毎日クラブやらなにやらに連れてってもらってます。
どうしたらハッピーな毎日が送れるか。
それだけに真摯に生きてるステキな大人なのです。
ということで、僕がいまいるスクンビットは、
いわゆる高級住宅街なのかなあ。
とりあえず駐在員が多く住む街。
日本人やら欧米人やら。スーパーに行けば、英語と日本語の表示ばっか。
駐在員の奥様的な人で溢れています。
そしてなによりびっくりなのが、エンポリアムというデパート。
ヴィトン、プラダに始まり、エルメス、ヴェルサーチ、シャネルにグッチ。
と、僕には縁もユカリもないお店が数多く入ってます。
にも関わらず、僕なんかが行っても、
海軍さんみたいな真っ白な制服と帽子に身を包んだドアマンさんが、
わざわざドアを開けてくれます。
気をよくして2分間に3往復してみたりしても、
やっぱりきちんとドアを開けてくれます。
てなことを繰り返しながら僕のバンコクライフは
続いていくのです。
高層のコンドミニアムっていいなって。
いつも下から見上げて思うのだけれど。
そんなとこに住んで、もちろんメイドさんつきでね。
会社にはやっぱり運転手の送迎付で。
なのに夕食は屋台で。
みたいな生活もいいな。1年くらいなら。
うむ。海外駐在員ってなってみたいかも。

※写真はエンポリアムで開催中のLEGOフェアにて。『エメラルド寺院』です。
象がかわいい。
なんでかかわいくてしょうがない。
あのぶらぶらさせてる鼻なのか?
あのつぶらな瞳か?
いやはや。かわいいのはあの足だ。
丸太ん棒みたいで、
でもかつ繊細さも内包してる
あの足がかわいいのだ。
バンコクの路上で懸命に仕事してる
象かわいい。
半年ぶりのカオサンちゃん。
世界のどんな場所にも、
バックパッカー集まるところ、安宿街あり。
デリーのメインバザール、カルカッタのサダルストリート、
そしてバンコクのカオサンロードはアジアでも有名どころ。
とはいえ。
以前はただの安宿街だったこの通りも。
今ではバーやらカフェやら、様々なクラブやら。
夜な夜な世界中から集まる旅行者を見込んで、おされスポットが増えている。
さらに最近では、週末、バンコクの若者までが集まってくる。
まさに六本木化が著しいカオサンですが。
世界中からアタマの悪い人を集めた感じ。
あいもかわらずな退廃具合。
路上では、ギターをつまびくタイ青年を囲んで、
西洋人数名、日本人数名、国籍不明が若干名。
時刻は午前8時。
昨日からの宴はもう終わったはずなのに。
それでもだらだらと、その場を離れることができないのは。
まるで彼らの旅のよう。
帰るべき時があったはずなのに、そこから目をそらして、
ただだらだらと、旅を続けている。
そんな彼らの旅のよう。
てなところが、
僕が、彼ら、というかカオサンが嫌いな理由なのだけど。
そこまで考えたとき。
それは僕も同じなんじゃないかなあと。
自分も絶対内包してる、嫌な部分を見せられた気がして、
だから嫌いなのかなと。そんなふうにも思えるのです。
とはいえ。ここにくると、なんか戻ってきた感があるのも事実。
好き嫌いは別として、
来るたびに肩の力を抜いて過ごせる、安心感のある街です。

*近くカオサン行く予定のある方へ。
1.最近なぜか中級ホテルができあがりつつあります。
NANA前あたりに1軒と、バーキンのハス向かいにも1軒。
そして、お寺のほうの突き当りもホテルとおぼしきもの工事中。
値段はシングルA/Cホットシャワーで1200バーツ(4000円)と超高額です。
2.さらに、すごく混んでます。(欧米圏の旅行シーズンなのかしら。)
高いほうからうまっていくらしく、僕ご用達のサイアムオリエンタルや、
カオサンプラザなど。300バーツ前後のは、FULL表示が多いっす。
たぶん、そこいらにハビコル70バーツ前後のドミとかは空いてるのだろうけど、
まあカオサンなので自己責任で。
3.他はあんまり変化してません。
裏カオサンに抜ける道がひとつ増えたくらいかな。
あいかわらずの、下品な街です。
バンコクへ着いた僕は、達人とも連絡がつかなかったので、
一路、みなさまのホテル、バイヨークブティックへ。
*みなさま
大学のゼミ仲間4人がお正月休みを利用してバンコクに来るとの事。
出発直前に聞きかじったため、僕は先を急いで旅を続けてきたのです。
なんなくフロントを切り抜け、部屋にあがるも、みなさま就寝中。
とりあえずたたき起こして一緒に朝食をタダ喰いしにいく。

もっちゃんが合流し、達人とも再会。
*もっちゃん
大学のゼミ友達。卒業後タイに渡って就職。
昨年みごとタイガールを射止めゴールイン。一児のパパ。
*達人
もっちゃんつながり同じ学部。卒業後タイに渡ってふらふら。
昨年何を思ったか突然就職。まだまだ何か企んでる。
とにもかくにもバンコクライフがスタートし。
日本人がやってるクラブやら、体育館程もある大箱のクラブやら。
ウィークエンドマーケットやら、伊勢丹やら、アラブ人街で水タバコやら。
もちろんタイマッサージやら。
なんだか楽し気な時間が過ぎていきました。


そして日本からきた4人の部屋は。もちろんツインが2つなのだけれど。
男3+女1という構成のため、健全に。(?どちらが健全なのだろう)
まあ3対1という部屋割りだったのだけれども。
そこにもっちゃんと僕が合流し、ツインルームに男5人という、
それはそれで酸素の薄くなるような夜でした。
ともあれ、彼らも仕事やら学校やら、あるような人もいればないような人も
いるわけで。8日には帰国。
みんなありがとう。僕もとっても楽しかったっす。
てなことも言うまもなく、朝7時前には空港へ。
そして僕はひとりカオサンへ。
さてさて。僕の旅ですが。
バンビエンからは直通のVIPバスもあり、バンコクまで1泊2日。
二階建てリクライニング、冷房、DVDまでついて29ドル。
それはそれはステキな旅ですが、隣に欧米人の肥満体があったら、
僕を相当鬱々とした気分にさせること間違いないので。
次の日僕は、ミニバスにて首都ビエンチャンへと向かいました。
わざわざ見送ってくれたショウちゃんサキちゃんに別れを告げて、
ビエンチャンまで約3時間。
テーマはミスチルの「しるし」。ステキな曲で二人にぴったり。
ってどこまで二人が好きなんだとオッキー的一人ツッコミが入る頃には
もう到着です。
相変わらずビエンチャンはノー情報ですが。
「ココカラドウシマスカ」って背後から声が。
なんか違うだろ。日本語。
って思ったら70年代オールディーズな白人男性とその連れ白人女性。
なんでも滋賀県で中学生相手に英語を教えているアメリカ人らしい。
二人もバンコクを目指すとの事で、
もう一人同じバスの日本人と、4人で国境を目指すことに。
一緒にランチを食べながら、日本そしてアメリカの文化について。
むむう。
彼の日本語レベルは僕の英語と同じくらいなことに多少嫉妬しながらも、
実によい人たちでした。アメリカ人のくせに。
他国の文化に対する好奇心とか。
自分たちの正義以外にも正義があるって知ってることとか。
そんなのが会話の端からうかがえる。アメリカ人のくせに。
ということでトゥクトゥクにて国境へ。
海外では特によい行いを心がけている僕は、なんなく出国。
メコン川に架かる橋を渡れば、日本から2週間。やっとこさタイです。

しかしイミグレは長蛇の列。
特に近年、海外では愛想を振りまくことしかできない日本の
パスポートを持ってる僕でさえ、1時間近く待たされた。
だがしかし、よく見ると、黄色い服着た人たちは列の脇から、
すいすい抜けて入国してる。。。
ほお。お坊さん優先レーンがあるのね。ステキな条約。
ここで彼らともお別れし、一人駅へ向かう。
といっても両替所がない。うえに、ヤミ両替のおばちゃんも寄ってこない。
時間は4時を回ってる。町の銀行しまってるじゃない。
持参した、前回余ったタイバーツも400円くらい。
とりあえず駅に行ってみるも、状況変わらず。
近くのスーパーへ移動し、ATMを発見。
こんな国境の町にも大型スーパーまであるタイってやっぱり素晴らしい。
そして、全世界どこでも現地通貨が引き出せるATMってもっと素晴らしい。
むかしのバックパッカーはネットもなく、ATMもなく、どうやって旅してたんだろう。
沢木耕太郎おそるべし。
ということで駅に戻り、当日発の列車の切符も無事購入。
今回の旅は、移動にほんと恵まれている。スムーズにことが運びすぎる。
切符を買うためだけに半日費やすとか、次のバスは一週間後。。。なんてことがない。

ともあれ、ノンカーイ発バンコク行きの二等寝台。
素晴らしい設備を有している。
エアコンもついてるし、御用聞きがやってきて、飲み物食べ物運んでくれるし。
夜になると係りの人が、いす席を寝台に作り変えてくれて。
シーツも敷いて、それになんとカーテンまでがついている。
中国の3日間ずっとベッド状態なんてことがない。

そして、あくる1月5日朝6時。僕はやっとバンコクにたどり着いたのです。
結局、ルアンプラパーンを発ったのは3日の朝。
僕はバンコクを目指し、ビエンチャン行きのバス。
ショウちゃんサキちゃんはバンビエン行きのバスで。
それぞれの旅立ち。僕また一人。
なんて車窓を眺めていると。途中の休憩店にてまた再会。
「バンビエン行きましょーよー。」
なんてショウちゃんの社交辞令的発言にほだされ、
なぜか僕もバンビエンにて途中下車。
バンビエンは、
ベトナム戦争時はアメリカの前線補給基地として栄えた町らしいのですが、
終わってみれば、なんてことない田舎町。
30分も歩けば町全体をぐるりと一周まわれます。


とはいえバンビエン。
さすが東洋のアムステルダム。
メインロードは旅行者向けのレストランで溢れています。
どのレストランも同じようなつくりで、
靴を脱いでくつろげる。枕までおいてある。
つまり、ハッパやって食べて飲んで寝る。的な。

まず入ると、スペシャルメニューを手渡され。
ハッパがいくらだの。ハッピーピザがいくらだの。オピュームティーがいくらだの。
そんなのがずらり並んでいるわけです。
違いは、アメリカンドラマかサッカーをテレビで流しているか、
あるいは、まんまボブマーリーが大音量で流れているか。
まあコージーといえばコージーですが。
とはいえ、今回の旅。オクスリなどにうつつを抜かしはしないと。
硬く心に誓った僕にとっては、あんまり面白いところではありません。
でもでも集まった日本人5人。
夜は怪談話やら、新潟にある○○大社で空に鳳凰が飛ぶ話しやら。
いろんな小話に花の咲いた不思議な夜でした。
風邪を言い訳についつい居ついてしまったルアンプラパーン。
ここでの生活ももうそろそろおしまいです。
ここで同じ宿の日本人の何人かをご紹介。
コミネさん。自分の父親よりも年配のかた。
にも関わらずパワー溢れる人でした。
聞く人の心を自然にひき込む話し方。
その眼差しは、相手の心を融解させてしまう様。
と書くと、さも精悍な初老を想像されるかも知れませんが。
実物は、べらんめー口調のアウトサイダーおじさんです。
見習うべきとこ、いっぱい教えてもらいました。
カタオカさん。タイ在住のもうすぐ四十路。
とにかく、話し方があったかい。
その人柄がにじみ出るような、独特の雰囲気を持った方。
優しくて、誠実で。
と望んでいたのですが、
実際、どこに行っても女の子の写真しか撮ってません。
けど。自然とにじみでるようなナニカ。
いつかは僕もまとってみたいと思います。
(自分から願っているうちはだめだと思うけど。)
ショウちゃんサキちゃんのラブリーカップル。
この二人はまだ20代前半。
にも関わらず、旅に出て8ヶ月。いつも二人は離れません。
旅先で見るカップル達は、夫婦を除けば多少イラっともするものですが。
(うらやましいだけだけど。)
この二人は、見てるとこっちまで幸せになるようなほんわかカップルです。
サキちゃんの意思の強さと、ショウちゃんの優しさで。
あと2ヶ月。そしてその後も。
二人で一緒に歩いていってほしいものです。
てなことでご紹介いたしましたが。
みんなともお別れの時期。
今日は午前中にコミネさんが、午後にはカタオカさんが発ってしまいました。
明日には、二人も。そして僕もそれぞれの目的地に向かいます。
たまたま同じ日に同じ宿に居合わせた人たちが、
これからもずっとそれぞれの場所でがんばれたらなって。
旅先での出会いの後は。
そんな気分になってしまうものなのです。
いまだ抜け出せず。
やっとこさ重い腰をあげ、
ここでの観光っぽいことを一通りこなしました。
赤十字サウナは、レッドクロスが運営する
薬草スチームサウナです。
腰巻ひとつで4畳程度の小部屋に押し込まれ。
ラオス人たちとぎゅうぎゅうになりながら、
体の心まであったまります。おしくらまんじゅう。
隣の男の汗にまみれた腕がぴたってくっつくので、
ぶはぅっていって避けたりすると、空いたと思って、
またよってきて、またぴたってなってぶはぅってなります。
鬼ごっこスパイラルinサウナです。

そしてとうとう夕日も見れました。
同じ宿の日本人と、プーシー上って見る今年最後の夕日は。
今年いちねん世界のみんなをちゃんと見守ってくれた夕日は。
それはそれはキレイにかがやく夕日でした。
ありがとー。おひさまー。と叫んでみたくもなるものです。

あと、ナイトマーケット。
なにやら近くの少数民族モン族の方々が夜な夜な路上に集まり、
ナイトマーケットを開くのですが。
中にはカオサンでお馴染みのものも。
ただ、ここでびっくりなのがその安さ。
バンコクではとりあえず300バーツとか言われて、
それを60バーツで買うことに喜びを覚えていたのですが。
ここでは、いきなり6000キップ。(=70円くらい。)
申し訳ないので言い値で買っちゃいます。
と言いたいけど、それでも50円くらいで手は打ちます。
てなことをやると同じ宿の日本人に罰当たりめと叱られます。

そして托鉢。たくはつ。
やっと今日見れました。
夜も明けきらぬ朝6時。近所の人たちが沿道にあつまり。
歩いてくるお坊さんの列に食べ物やらお金やらを渡します。
お坊さんの中にも営業力ある小坊主がいたりして、
結構なお金を集めてたりします。
セールスの才能がないお坊さんのお櫃の中には、
やっぱり人気のない、ご飯ばっかりたまります。
日本の檀家にも似たこの制度。
今でもきっちりと仏教の信仰が生きづいている、
ちょっとあったかい朝の始まりです。
あけましておめでとうございます。
みんな今年はどのような年にしたいですか。
僕にもテーマがあったのですが、
あんな夕日を見た後にもかかわらず。
元旦早々去年と同じ。
人は簡単に変われません。(でもがんばります。)
年越しについては。
宿のニューイヤーパーティーで、
またも歌にダンスにラオラオ(ラオスのお酒)に。
花咲かそうと思いきや風邪でリタイア。途中棄権。
寝袋にくるまってぶるぶるいいながら、
気づいたら新年。年明けてました。
しかも、日本から持ってった
どんべい。年越しそばならぬ年越しうどんだったのですが、
朝起きたら宿の従業員に普通に食われてた。。。
つくり方理解してたのか。
とはいえ、元旦は。
同宿日本人の持ってきてくれたおもちを焼いてお正月気分。
他にもいろんな人からゼナやらも風邪薬やら頂いて。
皆様のおかげで、無事新年を迎えられた次第です。

今年一年がステキな年になるように。
みんな一緒にがんばりましょう。