20日 23:30発の夜行バス。
カーテンに閉ざされた暗闇の中。
音楽を聴く気にもならず、なにをするでもなく。
ただただ、これまでとこれからのいろいろを考える。
家を出る前に行きたくない病は最高潮に達したけれど、
敬愛するいとこ忍ちが横浜まで送ってくれるとのこと。
それがなければ、出発できていたかどうか、もはや怪しい。。。
そんなこんなで朝7時。大阪着。
デジカメに残された写真たちをアップロードするのを忘れていたため、
梅田にて抜群の嗅覚を発揮して、ネットカフェを発見し、今に至る。
ということで、とうとう僕は旅立ちました。
さよならみなさん。しばしのお別れです。
今回は何故か携帯を持っていっているので、
何かあれば、連絡ください。
といっても高いので気安くかけてこないでね。
居場所については、ホームページのイドコロちゃんで、
随時更新して行きます。赤い線が今回の旅っす。
でばでば。船にて一路上海へ。
行ってきます。
そして、なんとか無事に帰ってきます。
今回は高校生20名。
なんだか、みんなの楽しそうな顔、幸せそうな表情が、
これが唯一の、この仕事のステキなところかなあなんて。
そんな風に思えたりもする。
いや。だからと言って、続けないからね。
隙を見つけて逢えたのは、南アフリカで会ったヨンラン。
やっぱりお互い英会話力は落ちていて。
それはそれはブロークンなイングリッシュだったのだけど。
そこは、やっぱり半年も毎日一緒にすごした友達で。
ちゃんと伝わる気持ちがあるのです。
転職おめでとう。そして結婚式には呼んでくださいね。
よりステキな女の子になってください。
そしてハンチュウとミリョン姫。
子供たちがホームステイの間。なぜか僕もハンチュウ家にホームステイ。
いや。ホテルもちゃんととってるのに。。。
ハンチュウ家では、お母さんがすごくたくさんの料理をつくってくれて。
お父さんも、言葉はないけど笑顔で迎えてくれて。
さらにハンチュウのお兄さんとその友達。
フリーラインスケートなるものを、ストリートで乗り回す。
涙ぐましい努力の甲斐あり、僕も少しは乗れるようになりました。
まだまだ目新しいこのパフォーマンス。
みんな立ち止まって、見物してく。
けど、ハングルで聞かれてもモルゲッソ。
スタジアムやら、遊園地やら、公園やらで。
結局帰ったのは朝4時でした。
あとは、朴さん。
初めてということで緊張してはいたけど。
そのぶん、誠実に仕事をこなしてくれて。僕は非常に助かりました。
この居眠り王子の僕を前にして、寝坊してきたのには苦笑ですが、
すごく気にして、日本人ツアーの市内観光に飛び入り参加させてくれました。
いろんな出会いあり。
別れあり。
人と人が出会うということは。
いい意味でも、悪い意味でも。
とても刺激的なことだなのだなあと。
そう感じたわけでした。
台北にて。
朝早くから夜遅くまで、立ち上る煙がやむことはない。
僕が訪れたのは夜10時。閉門時間。
ろうそくに照らされた極彩色の境内。
線香から立ち上る煙と、地面にひれ伏し祈る人々。
信じる人がいて、神がいる。
祈りがあって、宗教がある。
久々に、本当に久々に生きているお寺を見た気がした。
バター油のたちこめる、ラサのジョカン寺を思い出す。
その祈りは、煙となって空へ立ち上る。
サナアの安宿。タージタルハ。
一泊15ドルと高めだが、
世界遺産でもある旧市街の中ほどにある。
縦に細長いイエメン建築で、
室内は白の漆喰と、ステンドグラスのコントラスト。
窓の木枠で縁取られた景色も美しい。
屋上のテラスよりさらに上。貯水タンクの横がお気に入りのスペース。
朝な夕なに、写真撮ったり、カート噛んだり、音楽聴いたり。
澄み渡る空。強い日差しに照らされた街。
夕方。響き渡るハザーン。夕日に紅く染められた街。
星空の下。暖かい光に包まれる街の夜景。
なかなかまったりした時間を僕に与えてくれます。
バラナシに一週間いながらも、一度も朝の沐浴を見れなかった僕だけど。
同じ宿の日本人と夜通し続いたとりとめもない話。
平和。幸福。宗教。国家。恋愛。人生。夢。
サナアの夜空に浮かんでは消えていく言葉たち。学生気分の僕たち(笑)
ということで、朝日を見ることに成功しました。
東の空が白みはじめて。
覆っていた夜の闇がいつの間にか、間の抜けた白い空。
山の上から一筋の光。
ミナレットの輪郭をくっきりと浮かびあらせる。
朝が来て、太陽が昇り。
僕たちの一日を照らし続けて。
夕刻。役割を終えて西の空に沈む。
そして夜の闇は沈黙を運ぶ。
イエメンの朝は日本の昼で。
日本の昼はアメリカの夕方で。
アメリカの夕方は、南アフリカの真夜中で。
誰が決めたかは知らないけれど。1日24時間。
どこにいようが、なにをしようが、僕たちには平等に。
一日一日が分け与えられている。
朝から始まり夜で終わる一日。
その人にとって、
いい日でもわるい日でも、夕日が沈めば、その日はおしまい。
いいこともわるいことも、夜の静けさの中で自分のなかへ受け入れる。
とっといたり忘れたり。記憶の整理を夢の中ですれば。
また朝日は新しい一日を運んできてくれる。
新しい一日。新しい自分。新たな気持ち。
誰が決めたか僕らには一日て概念があり。
昨日があったり今日があったり明日があったりする。
うまい具合に僕らが、その日その日を楽しめるように。
死ぬまで一生楽しめるように。
ドバイ。ジュメイラビーチHTLのプールリゾート。ワイルドワディで。
なぜだかサナアで一緒だった大阪人、辻さんと男二人で行くことに。
こんな経験はじめてだけれど。それはそれで悪くない。
なにせ気温は41℃だ。
金持ちぼんぼん。
そしてやっぱり密着度の高いアラブ人子息たちに囲まれてのプールも悪くない。
さて時速80kmのウォータースライダー。
てウタイ文句に興味ひかれて来てみたのだが。
ぜんぜん考えてなかった。
そうか裸一貫。ただまっすぐ降りていく絶叫系なのね。
もうこれは僕の手に負えたもんじゃない。
てことでここは潔く身を引こうとこころに誓うも。
でも結局、僕もやっちゃったりするんだけれども。
なんだろう。長いスベリ台の待ち時間。眼下に広がる夜景を見ながら考えた。
てか、感づいた。てかやっとこさ理解できた。するりと自分のなかに落ち着いた。
わがまま言えること。そしてわがまま聞けること。
これが彼氏彼女の間柄かなと。
顔色伺わず、自分がしたいこと。すること。させてもらうこと。
ちょっと我慢して、相手がしたいこと。させること。させてあげること。
面倒くさくてもときどきは、どちらかがしたいこと、一緒にすること。
二人だから成される。ギブアンドテイクかなと。
そんなことを思いながら。
80kmのスピードで、僕は地上に舞い降りたのです。
てか落っこちたのです。
ということでシバーム行ってきた。
自由席の飛行機初めて乗った。
中古機の墓場。イエメニア航空。
そしてサナアに帰ってきた。
やっぱサナアは都会だったのね。
そして昨日の夜はハンマーム。
公衆浴場。というかサウナだな。
体はすごくぽっかぽか。
調子に乗って、一晩中。一日中。
朝な夕なに宿の屋上でハザーン(コーラン)聴いてたら、
風邪ひいた。のどが痛い。
朝な夕なにカート(噛みタバコ)噛んでたら、
口内炎ができた。右口全体。舌が痛い。頬が痛い。
早く寝なきゃ。でも今日は。待ちに待った結婚式だ。
イエメンはたぶん難易度中級のイスラム国家です。
なので、女の人はみんなチャドルを身にまとってます。
なので、街中は、ムーミン谷でいうところの、
ニョロニョロが黒くなったような人たちがたくさんです。
不思議なのは、スーパーマーケット。
子供はお菓子コーナーへ。
はてどれにしようか。
ひとつだけ買ってもらえるお菓子にどれを選ぶかで、
彼ら彼女らの経済的思考が磨かれていくわけです。
さて。どうせなら高いやつを買ってもらおうと、
ねるねるねるねのような、200円クラスのお菓子を手にした、
彼、彼女。
母の元へ戻ろうと、お肉コーナー、お魚コーナー。
必死に探すも。あれ。。おか。あ。。。さん??
どうやって探し出すのか摩訶不思議。
幸いにもここイエメンにはスーパーマーケットがないので、
僕の心配は杞憂に終わるわけですが。
授業参観や、卒業アルバムなど。
僕の心配がつきることはない摩訶不思議なイスラム国家です。
とはいえ、イスラム教は、厳しい戒律で盗みも禁止されてるわけで。
ホテルの部屋にパスポート置いて出かけようが、
カメラ入りのヒップバックを片手に夜な夜な町を歩こうが。
いまだになんの実害もない。それは平和な国なのです。
さらには、昨夜、男ばかりのカートパーティーに誘われて、
50人はいようか。彼らの熱気とタバコの煙の部屋の中。
熱いチャイと濃いカートをいただきました。
そんなこんなで、今日はサイユーンに到着です。
バスで来ようとしたけど、
部族支配が強く治安が悪いのと、
時間の関係で、飛行機に乗るものの。
定刻よりおよそ8時間遅れのイエメニア航空。
今日の夕日に間に合わなかったので、
明日あらためてシバーム観光。
砂漠の中の摩天楼。シバーム。
砂上の楼閣は、もうすぐ目の前です。
至極 久しぶりのりゅーすけです。
社会人2年目。今年の夏は中東が熱い。
ということでイエメンにいます。でも暑くはないです。
名古屋からドバイへ11時間。
ドバイから首都サナアまで3時間。
サナアは、それはそれは美しい町です。
どれくらい美しいかというと、
ハウルの動く城の、ハウルに翻弄される前に、
平穏な生活を送っていた町くらい美しいです。
旅先では、情報が旅を安全に進めるための重要な鍵です。
それでも情報がとれない場合には、
被害を最小限に食い止めるための努力をしなければなりません。
という当たり前のことがなぜか当たり前にできず。
なぜか僕は相場も調べず、空港で両替をしたのでした。
1ドル130リヤル。
町に出たらトラベラーズチェックすら使えないので、
喜び勇んで400ドル。52000リヤル。
してなぜか今日。思い立って計算してみたら1リヤル0.9円。
同宿の日本人に聞いてみると1リヤル0.6円。
円からドルのレートは同じくらいなので、どこで踏み外したかといえば、
そう。1ドル190リヤルが相場らしい。
ああ。あの銀行員。2万円以上儲けやがった。
しかしこんなしょうもない手にひっかかるのも、
旅が久しぶりだったからということにして。
夕暮れ。宿の屋上で一人泣き崩れていると、
日が沈んだサナアの町に鳴り響くコーラン。
この空気感。まったり感。
すてきな旅になる予感。
いつまでも明けることのないように思える暗闇の中。
早朝。蛍光灯の青々と光るホームへと列車は滑り込む。
ここで列車の旅も休息。
バターワースの駅からのびる歩道橋は港まで続いている。
対岸のペナン島までは15分の船旅。
ありがたいことに24時間フェリーが運行している。
通勤客と思われる多くの人たちと交差し、ペナンへ向かう。
サラリーマンをして、無表情の集団と何かに書いてあったが、
本来あるべき生活から離れるほどに、人は表情を失っていくのかもしれない。
まだ暗いうちに、島から本土へと通勤する人のそれは、
どこか、満員電車の日本人のそれを連想させた。
ペナンに着いたは良いものの、ランカウイ行きのフェリーターミナルが
どこにあるのかわからない。何時にあるのかもわからない。
とりあえず人の流れのある方に歩いてみる。
流れと言っても数人しかいないところが心細い。
やがてそれらしきものが見えてきた。
チケット売り場の前に人が群がっている。
まだ発売前らしい。ようやく明るくなり始めた朝もやの中に、
さまざまな人種の人たちが、潜むように開店を待っている。
窓口で直接買うことをあきらめ、空いている旅行社でチケットを手に入れる。
どうやら朝のうちにランカウイに渡れるらしい。
こういうときは、なぜかついてる。
はじめて、FIXチケットで旅に出た。
二週間という制限によって、進まされる旅。
高速船は指定席。デッキへも出れず。寝てる間にランカウイに着いた。
とりあえず宿を探すにもアジアンリゾートランカウイ。
歩いて探せる距離にはない。
声をかけられた客引きに導かれるまま旅行社へ。
どの客引きについていくのか、どの旅行社へ連れて行かれるのか。
次の旅をそんな感じで運に任せるのも悪くはない。
そういえば2年まえに来た。
南アに行くためにバンコクで買ったチケットは、クアラ経由のマレーシア航空。
クアラtoジョバグ行きの便が遅れたおかげで僕は、
海外初の自動ドア付ホテルに泊まれたのだ。
といっても三時間くらいだけど。。。
そして再び来てみたクアラルンプール。
訪れた場所が悪かったのか。
しとしと降り続く雨のせいなのか。
なんだこの顔のない街は。
たぶん、東京も外国人から見れば、
あるいは、こんな風に映るのかもしれない。
人ってやっぱり大切だ。
行った国や、訪れた街。
大抵は大好きになるのだけれど。
なんで好きかって考えたら、人との出会いがあったから。
出会う人、一人一人がその街の、その国の印象を与えてくれる。
親切だったとか、騙されたとか、ケンカしたとか、
そういうのは実はどうでもよくて、
どれだけ人と関われたかが、とっても重要。
クアラルンプールでは、誰も僕をかまってくれなくて。
勝手に人の国に入って評価するのもおかしな話だけれど、
旅行者にとって、無視されるというのは、一番きつい。
まあ、考えてみれば、むこうだって僕に用はないだろうけどね。
あるいは一晩泊まってみたら、
何らかの形で、出会いがあったかもしれない。
そんなことを考えつつも、
その日の夜、バターワース行きの列車に乗り込んだ。