いやー。おもしろい。
南アフリカでいっつも一緒だった
日本人の男の子からメールが。
「緊急」とあったので、
電話してみた。10日前に帰ってきたらしい。
で、聞けば彼は南アフリカで有名人になったと。
てか、芸能人。
僕が去った後、
キルビルが向こうで流行った時に
降ってわいた日本ブーム。
彼は街中でスカウトされて、
ノキアとかCM5本出たりして。
新聞でもとりあげられたって。
700万くらい稼いだらしい。
いや、すごい。
帰った今も、
沖縄タイムスで連載決定。
大学でも学長賞だって。
なんか、それ聞いたら
僕まで嬉しくなっちゃって、
人生ってわからんもんだなあと。
何が起こるかわからない。
「竜君は自然と面白いことを引き寄せる力がある」
って前に人に言われて、ほへーって
思ったってか意味わからんかったけど、
でも、その話聞いて、
彼にこそ、そんな力があるんだなって
納得できました。
いやー。なんかこっちまで
テンション上がったから、これはもう
日記再開してしまいました。
いろいろと、自分が納得いくまで
悩んでしまう彼だけど、
だからこそ、
まじおめでとう。まじ嬉しいっす。
ココロ踊るよな良いことと、
どうしようもなく悪いこと、
自然発生的に起こる場合もあるけども、
だからこそ、
人生って面白い。
ってことを再確認できた夜でした。
だばだば。
さて、気分も変わり、日にちもかわり、
もう10月か。。。べっこり。
ウソの僕かマコトの僕かは別として、
僕の周りにいてくれる人たちへ。
最近、履修登録のため、
ネット屋さんにいりびたりの僕ですが、
ラップトップのメモリー不足で
どうにも作業が進みません。
ということで得意の現実逃避もかねてメールボックスの
整理をするに至ったわけですが、
いろんな人からのメールをいっぱい発見。
過去から現在に至るまで。
遠くに住んでるから、あんまし会えないのに、
それでも、僕のことを気にかけて
いつも本気メールをくれるトモダチ。
日本にいたときは、いつも学校で会ってたのに、
会って言えばいいのに、メールをわざわざよこして、
そいでそういう時に限って
すごい素直になってくれるトモダチ。
10回に1回くらいしか返信できないのに、
そんなことしても何の得にもならないのに、
携帯から日記みたいに、ふと思ったこと、
伝えてくれるトモダチ。
普段、あんま会ったりしないけど、
なんか困ったことあったり、泣きそうになった時は、
愚痴メールを僕に投げつけてくれるトモダチ。
別に僕がこっちに来てから、とかじゃなくて、
今まで、ずっと、こんな風にして
繋がっててくれた人たち。
まじでありがとうでした。
本当はね、一人一人にお礼状書くべきなのだけど、
たぶん、あんま自分がイケてないから、
書きたくないんだろうなと。
そんな言い訳もしつつ。
今の僕じゃたぶん、
みんなの期待に応えられないかもしれないけど、
でも、いつかはきっと。
って、最近、「いつかはきっと」って言葉も
すんなり出てこなくなったな。
もっと凹めよ。それで成長できるなら。
あは。シュールだー。なんか。
いやー。昨日の夜書いたからな。
あ、べつにホームシックとか
自己嫌悪とかじゃないので、心配無用です。
新居の住み心地はなかなか良いものです。
とはいいつつも、
ジュンさんタカさんの見送りがあるから、
バックパッカーズにいることが多いけど。
ということで明日はタカさんの帰国。
空港まで内緒でいきます。
南米自転車で行くためにスペ語習いたいんだって。
新たに奨学生に応募。
が、その締め切りがほんとに間近に迫ってる。
ってのを知ってから、
それまでは「サーフィンだー」って騒いでたのに、
それからはPCに向かいっぱなし。
ノーガンジャ。ノーボブです。
こうして最終日の今日も
遅くまでタカさんの研究企画書手伝ってたけど、
そこまでするのは、本気で受かってほしいから。
なんかね、
アフリカ下ってくる人にはいっぱい会ったけど、
タカさんの素直さとか、
「バッキバキ」のバイタリティーとか、
なんか、とにかくかっこいいんだよね。
そして、だからこそ、素直に、
これからもかっこよく生きてほしいと思わせるのよ。
人に。
まあ、落ちちゃってもタカさんなら大丈夫。
とは内心思うけど、でも絶対受かって波にのってほしい。
まじで頼みます。
いいイミでの単純さとバイタリティー。とあと勢い。
それが、あおい嬢言うところの
「スーパーマリオのスター」みたいに働いたらいい。
じゅんさんは今どのあたりだろう。
二週間でフランスに着くって言ってたな。
人の話、「うん、うん、」
って気持ちよく聞いてくれたところ。
レスポンスはそんなにないし、
自分の意見もそんなに述べないんだけど、
あ、今思った。包容力だ。
あの人にあったのは包容力だと思う。
すべてを受け入れていくこと。
そんな透明な気持ちで旅を続けてるのかもしれない。
じゅんさんが楽しみにしてるって言ってたインドで。
バラナシで。是非とも再会したい。
きっと僕はジュンさんの旅の出会いの一つにすぎず、
忘れられてしまうのだろうけど、
それでもジュンさんの旅の記憶の一片を担えたことは
まじで嬉しい。
2人とも、それぞれの「生き方」を僕に見せてくれた。
タカさんの言葉を借りれば、
「アフリカで会うやつすげーよ。みんなすげーよ。
(泣きながら。)」です。
マジで。本当に本当にお世話になりました。
バックパッカーズにきた。ジュンさん見送りに。
手紙だけ渡そうと思ったのに。
やっぱいれるだけ一緒にいたいし、
って思ってもう一度宿に戻る。
フォンタナのチキンと、スパーのケーキで準備。
パーティーだー!!
って思ったのにね。タカさんがね、悪いと思うんよ。
最近、いろいろあって涙腺が緩いんだ。
って言い訳してたし。
「アフリカで会うやつ、すげーよ。
みんなすげーよ。」って。
とにかく泣いちゃってさ。
そしたら僕も泣いちゃってさ。
そしたらジュンさんまで泣いちゃってさ。
大の男が3人揃ってケーキを囲んで涙してる。
って身の毛もよだつような世紀末の図。
タカさんとジュンさんは
ジンバのハラレで一ヶ月一緒だったんだって。
だから、迎えの車
(ジュンさんは貨物船でヨーロッパに行くのです。)
を待つ間は、僕は離れて待ってたんだけどね。
けど、2人ともね、話さないのよ。なにも。
たまに交わす会話も、すっごく他愛もないコトなの。
でもお互い、通じてたんだろうね。
そしてジュンさんは旅立ってしまった。
なんて表現したらいいんだろう。彼の人柄。
まったりしてるんだよね。
ほんわかとかそういうんじゃないけど、
なんか一緒にいると落ち着くんだよね。
彼の人には見せない強さが
優しさになってるからかもしれない。
いろんなコト、一人で乗り越えてきてるだろうから。
でも、それでいてオーラはない。
いや、悪いイミじゃないよ。
擦れてないのよ。すんなりうちとけられるし。
素朴とはちょっと違う。普通なのよ。うん。普通。
高いところに上ったり、あるいは低いところで腐ったり、
そういうんではなく等身大。
引っ越しました。ステューデントロッジへ。初夜です。
今日はじゅんさんと自転車でウォーターフロントへ。
自転車さいこー!! 2人乗りはつかれたけど。
でも、じゅんさんの自転車に乗れたことが
何より嬉しかった。
3年半乗りつづけた自転車。初海外。
アラスカ→南米→ポルトガル→ナイロビ→ケープ。
これから同じ時間をかけて日本を目指します。
すごいナチュラルなのよ。話し方。
いつもムビラ弾いてるか、
本読んでるか、タバコ巻いてるか。
日本で2年間お金貯めて出たんだって。
みんな本当にあったかかった。
じゅんさん、たかさん、やすこさん。
いいな、このメンバー。
名残惜しくて、夜中の引越しになってしまった。。。
けど、みんなで見送ってくれて。
いつもマイペースなタカさんも眠いのに起きててくれて。
本当に嬉しかった。
葉巻をね、世界のどこかで誰かが、
あるタイミングで吸っていてくれたら、
それはすっげー嬉しいことです。
昨日タカさんと話した。
波のり男。南アでサーフボード購入。
ここの波は「さいこー。」らしい。
フィットネスクラブで働いてた。
外務省系の企画に合格して船で太平洋回った後、
カイロから8ヶ月かけてケープ入り。
お父さんは大工さんらしい。
なんかね、男気溢れる人です。
なんでも勢いで行っちゃう、行けちゃうような人。
そしてなにより、自分をちゃんと持ってる人です。
思ったことが素直に口から(口からだけじゃなく。)
出るタカさんの話は、
常に、僕に新しい切り口を与えてくれる。
タウンシップ(黒人居住区)について話してたら、
「いや、アフリカ、南ア以外はみんな黒人居住区だよ。」って言われて、
いや、確かに調子こいた白いヤツが来る前は
ここは彼らの土地だったなと再認識。
そう言いつつも、
「でも南アの黒人は幸せだよなー。
白人にこんな街つくってもらって。」
なんて言葉もすんなり出てきちゃう。まじで面白い。
将来はね、たくさんの子供の、
かっこいいお父さんになりたいんだって。
そいで海の近くに住んでサーフィンしてたいって。
「あ、ガンジャあるといいね。」
って後付けしてた(笑)。
「旅で会う人、すげーよ。俺いつも影響されるもん。
俺、寂しがりやだからね。」
って25になっても、すっごく素直でいられること、
それを誰にも隠さずかっこつけずに
言えるところがかっこいい。
今日は大事な人から手紙を頂きました。
ここ何年か、僕はあんまり人に相談ごとをしてない。
いや、してるかもしれないけど、しないようにしてる。
大事な事ほど自分で決めたい。
辛い事こそ自分でなんとかしたい。
それが美徳だと思ってたのもある。
でも、なんだか最近、違う気がしてきた。
前の日記に書いた、
のめ子嬢のおかげでもあるかもしれない。
人に頼らず生きてくこと、自分で歩むこと、
そう思ってきたけど、手紙の内容見てたらね、
やっぱり僕を過大評価してくれちゃってる面もあり、
いや、別に褒めてくれたりはしてないんだけどね。
よくわからんけど、
僕はそんなに強くもないし、良い人でもない
頭も悪いし、自分のことしか考えてない。
いや、そもそも多くの友人は
そんなのわかってるだろうけどね。
でもそういう誤解(?)を招くのは、
僕があまり自分をさらけだせないからなのかなあと。
つまり、あんまり相談とか悩みを打ち明けたりね、
しないからなのかなあと。
そういうちょっと自意識過剰的観点から見ると、
相談とかもしたほうがいいのかもしれぬと。
いや、相談はやっぱりできぬ。から、
今悩んでることをね、今思ってることをね、
ちゃんと伝えることは大事かなあと。
伝えることのほうが、
一人悩みを抱えて生きるよりも、
もっと勇気のいることなのかなあと。
そんなふうに思ったりもするのです。
飾らないで、かっこつけないで、
自分にも他人にも素直に生きること。
これは難しいけど、やっぱ今の僕にはこれも必要。
バンコクまでの飛行機。
それは大きなメコン川を見た。
緑の大地に、茶色くて太くてくっきりしてた。
日本から来たのめ子嬢は初めて会った僕に、
それはもう息つく間も与えずしゃべりまくってた。
のめ子嬢は、日本人留学生仲間である
しゅう君の友達の友達(?)。
日本からお茶とかお味噌汁をインポートしてもらった。
オーバーランド(南ア→ナミビア→ボツワナ→
ジンバブエ)に行く彼女が、
ケープに滞在したのは3日くらいだったけど、
その間、喜望峰に行ったり、
アフリカ肉料理食べたりと、なかなか楽しめた。
彼女がここへ来たのは、
「アフリカを見たかったから。」
ただそれだけの理由。いたってシンプル。
僕は常に、この日記でもそうだけど、
キレイな言葉を選んで、
難しい言い方を好んで、
そんな風にして人と話してる気がする。
なのに、彼女の口からでる言葉は
常にシンプルでダイレクト。
使う言葉は必要最低限。でも、そんなの関係ない。
それらが彼女の口から出ると、
強い意志をもって
ちゃんと相手に伝わってしまうのです。
僕なんかよりもずっと。
たぶん、ずっと前に考えた目ヂカラとか口調とか、
そういうのもちゃんと彼女は持ってるんだろうけど、
今回、僕がびっくりしたのは、
彼女の放つ言葉のチカラ。
言葉を操るんじゃなくて、伝えるの。ただ伝えるの。
それが一番、大事な事なんだよね。あたりまえだけど。
彼女がここまで来るまでには、
やっぱり相当な悩みとか、
紆余曲折があったのだけれど、
ブッタ的な言い方をさせてもらえば、
彼女は、呼ばれたんだと思う。この大陸に。
別にそんなたいそうなことではないと
考える人もいるだろうけども、
そう思わせるような偶然がいっぱい重なって、
彼女をここに導いてくれたのよ。
前にこのバックパッカーズで知り合った川さん夫婦。
夫のアキさんが、僕に言ってくれた言葉。
「りゅう君には常に、自分にとって良い方を、
面白い方を嗅ぎ分けるチカラがある。」
っての。自分が言われるとよくわからんけど、
彼女を見てるとそう思う。
僕よりものめ子のほうがふさわしいと思う。
ここに来ることを決断したのは彼女。
歯車はまた、凹んだり、悩みあぐねいたりして
一生懸命、楽しんじゃってる彼女にとって、
良いほうへと廻り始めてる。
この世に生を受けたことを、
あれほどまでに楽しんでる人を
僕は久しぶりに見た気がする。
今ごろはナミビアあたりだろうか。
結局、この日記じゃ、やっぱり僕の言葉なんかじゃ、
彼女の魅力は語りきれてないなと。
でも、彼女はきっと、
そのずば抜けた感性と、素直なココロで、
精一杯、楽しんでるんだろなー。と思います。
自分に素直であること、正直であること。
それを彼女から教わった気がします。
ほんとにほんとにありがとうでした。
先週、ジオスに置き手紙しといてくれた。
バックパッカーズにいたとき、
一緒にご飯つくってくれた方々。
JBAYに行ってたアキさんと
日本に一時帰国してた映子さんが
ケープに戻ってきたので、3週間ぶりの再会。
アキさんは本当にとぼけてらっしゃる。
いや、マイペース。人を不愉快にさせるんじゃなく、
人を和ませるマイペース。
でも、時間もらって話してみると、
やっぱりしっかりした芯があったりして、
それに基づいた自身と誇りも見え隠れしてて。
でも、なごみ系。
つかめなかったな最後まで。
今思えば、聞きたいこともっとたくさんあった。
でも、何時間話しても、アキさんは
僕なんかが掴みきれる様な人じゃないだろな。
けど、そんくらい奥深いんだけど、
でも、彼の答えはいつも単純。明快。
だからこそ、シンプルにかっこよく生きられる。
さっき気づいたんだけど、この前日記に書いた、
まさに「子供」そのもの。
そんなアキさんに手を焼きながら?も
隣でいつもニコニコしてる映子さん。
一生、この人についていく。って決めるのは
並大抵の決断じゃないだろうけど、
映子さんの場合、本当についてきちゃうんだから、
やっぱぶっとんでる。
でも、アキさんの隣で本当に楽しそうに、
いっつも笑ってる映子さんの笑顔は、
やっぱアキさんを幸せにしてるんだろうな。
ってな感じのほのぼの夫婦なのですわ。
アジア横断、アフリカ縦断を終えた二人。
今度はナミビア、ボツワナ。
で、スペイン飛んで西アフリカ。
南アに戻ってマダガスカル。
そしたらやっと南米へ。
二人の旅はまだまだ続く。
最終地点のオーストラリアは、
きっとまた二人にとっての
新しいスタート地点になっちゃったりするんだろな。
二人でどこへいって、何をするんだろね。
アキさんの深く輝く子供のような目と、
映子さんのさがった目の笑いジワ(笑)。
二人がこれからもずっと、
旅じゃなくてもさ、世界のどっかで仲良く
笑いながら生きてること自体が、
やっぱり僕に力をくれるのです。
ほんとにありがとうございました。
この宿はケープでも結構日本人集まるとこなので、
同じドミは全部日本人。
そしてどの人もアジア横断、アフリカ縦断をして、
ここまでたどり着いた人たち。
そもそも僕は長旅の人と
コミュニケーションとるの苦手。
旅歴オーバー2年クラスの人とかは、
目が死んでる人多い。僕の主観だけど。
でも、ここに集まる人たちは、
なぜか、そういう人じゃない。みんなコトバが通じる。
そのなかでも仲良くしてもらった4人のうち、
1人は南米へ、3人はバンコクへ旅立ってしまった。
みんなもともとは、
一人だったり、二人だったりなんだけど、
中央アフリカで知り合って、
4人でこっちへ抜けてきた。いいチームだと思う。
みんな、それぞれがお互いを必要として、
お互いを尊重して、
なにより、一緒にいたいと思ってる。
彼らはそれぞれ、アジアだったら
あんまり会えないほどの、ツワモノ旅行者たち。
それでもコトバを忘れずに、
ちゃんとした目を持ってた。
しっかりと、歩み続けてた。
世の中には上には上がいて、自分は一番じゃなくて、
一番になれなくて、そんなのわかってて、
それでも、自分が幸せに生きる道。
自分が自分でいられることに
誇りを持って生きてる人たち。
ちゃんと、しっかり、「生きてる」人たちだった。
かっこよかったです。単純に。
これからも、楽しんでほしいです。全部。全部。
そいで、また、どこかで会えるといいなー。
また、最後のボンパーティーで。。。